ていうか、叔父を呪い殺したいんだが!

 

カムカムるい編スタート^^

 安子編とはうって変わって楽しい2部の開始!!って感じではあるけれど、やっぱり最初は雉真父(祖父)のナレ死だった!あなどれない!!って感じで・・・イントロのミュージカル風演出も、いかにも戦後モダン文化的(まだ昭和30年代のはずだが。東京五輪や大阪万博より前の筈)朝ドラの伝統に即した感じで良かった。でも、傷を消そうとしなかった(意地)→就職難・・・というのは・・・うーん、やっぱりちょっと自業自得的な所もありなのだろうか。それにしたってやっぱり高校卒業と同時に雉真の家を出て自活というのは・・・やっぱり居場所的に辛かったのかなぁ・・・。

 まぁ何よりもオダジョーの役名=「宇宙人」には吹いた!!何の事かと思ったよ(笑)。というか洗濯物を洗いに出して服に血がついていたらそれだけで宇宙人なの??その価値観もよく判らん。

 

 でも・・・なんというか、あれほど祖父に雉真の子だから・・・といわれつつ、結局跡継ぎが別に勇から生まれてしまったので家を出ても構わない事になった、というのは、なんか共感するかなぁ・・・ボクの場合も、母方の祖父母からかなり長い事「こうちゃんがウチの初孫で、このままならゆくゆくは私たちの家(祖父母の家)を継ぐ事になるんだから」とか祖父の職業を継げばいいとかなんだとか色々言われていて、その頃は母の弟も結婚していなかったり結婚しても6~7年ほど子供ができなかったりしていて。だから、そうなるかもしれないのなら、頑張らなきゃなぁ・・・と思って、割と頑張って勉強したりしていた(小中ではクラスでも1~2、3番くらいの成績だった。前に書いた通りIQ系のテストなどでは富山県思考大会で小学生の県下10位内くらいなので頭は良すぎる位なのだが向き不向きはあるし、ちゃんと教えてもらえないと理解が止まる時がある(微積分とか))。

 でも、ボクが15歳くらいの時に母の弟(叔父)に子供が生まれて、それまでは色々言われていたけれど、自分が祖父母のウチを継ぐという可能性はなくなって(祖父母にいつ住みに来てもいいとは言われていた。例えば父が転勤中で都内大学や都内就職の場合など)、あぁ自由に生きてもいいのかな、と思って。それからは割と成績や学歴にこだわらなくなってしまい。父自体はサラリーマン続けてたわけで転勤が多かったのでボクはあまり国内を転勤する仕事はイヤだなと(世界各国めぐるようなのは憧れた事もあったが)。それでも祖母からは「このままじゃ全部家から何からあの子にとられてしまうよ(;;)」みたいに言われた事もあったりした。祖母はさすがにそのボクに対する、叔父の子が生まれて以降の「必要→別に要らない」という雰囲気に違和感を感じていたようなので。

 ・・・叔父もなんていうか、そういう・・・人の感情の機微についてはもともとが判らない人だから(たとえば転勤族の父と一緒に転校を続けたボクや母や弟たちにとっては、その東京の祖父母の家が唯一の故郷のような感じだったにも関わらず、その家を叔父が取り壊してしまったので、本当にボクら兄弟の故郷は無くなったような感じになってしまった、など。本当はもう少しボクから見た風景は酷い印象なんだが)。たぶん義理の叔母も子供も全然判ってない(笑)。叔父はそもそもが昔から 自己視点以外無い人 なので(笑;)

 母親も、一度も祖父母の家を取り壊した跡地には行ってないよね。心の中にあるから、と言って。

 で、「あぁ、割と自分ってあっち(母方の祖父母の家)には必要なかったのかもな」とは一貫して思ってしまってるわけだけど。そういう、「必要とされてた→やっぱり必要じゃない」って扱いを受けた側の内心言わない気持ちというのは、このドラマのるいと近くて、理解できるなぁと。

  で、その祖父母の家も叔父が取り壊してしまって今は無いので、故郷がなくなっちゃったなぁ、って感覚はボクにはものすごく強いよね。だからボクも弟たちもだが、叔父とは疎遠で、法事でもあまりしゃべらない。ボクも弟たちも故郷がなくなってしまった感は同じで、なので、特に語る事も無いんだと思う。

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