ていうか、ペットに劣る無職なんだが!
2023.02.11 Saturday
ペットの救い
どっかの誰かが言ってた事なのかもしれないけど、最近思う事で、何故キリスト教では犬は救われないとしているのか、というのがある。まぁボクは子供の頃大きな犬に噛まれた事があり、それ以来犬は基本的に生理的に苦手なんだが。近くに寄られると足がすくむというか……一番大きいのは舐めてくるとか足元を動き回るとか、じゃれると飛びかかってくるとかが大きい。いや好意的な犬でも苦手なのは、つまり「動きが激しくて予想できない」というのがある。ネコの方が仲良くしやすいのは、ゆっくり近寄ってきて、好意があるとゆっくりすり寄るからだ。心が落ち着く。(前から言ってるが犬を見るのは大丈夫だしかわいいと思うけど、向かってくるとかリアル接触はアウトなのだ)
でもボクの得手不得手で犬が救われないと決まる筈もなく、つまり、犬は、自分の頭で考えなくても命令があれば善人でも人を噛み、悪意がない人にも平気で吠えるからだろう。多分その、自分で考えていないのに、善人にも吠えたり危害を加えるから、だからキリスト教では犬を救われない動物としている。なるほど、それならかなり納得行く。身に染みるし。
でもそれだと理由を考える上ではちょっと弱いというか、どこかで誰かが語っていた話なのかもしれないんだが、これがあたりまえに理由なのかも知れないと思うのは……つまり犬というのは元々狼であり、人間によって飼いならされ品種改良された種である、って事で。で、今の人間も元々いくつかの原人や旧人類のかけ合わせ(それだけとは限らないが)のように言われているわけで。つまり、神的に言うならば、「あなたたち人間が品種改良して作った新しい種の(幸福の)責任くらい、あなたがた人間が取りなさい!!!!」って事なのかも。将来DNA操作で人が新人類生み出しても同じだよね。そのトレーニングみたいなもの?……いづれにしても、神が人間の愚行の責任を取る必要は無いにしても、ペットの自由を奪っているなら飼い主にはペットを幸せにする義務はある。ていうか、まんま今のペット保護の理念まんまじゃん。何も矛盾していない。うん。ていうか他の品種改良されたペット種も変わらないなぁ。
ペットにはペットたちの天国があるのか、飼い主も死んだら先立ったペットたちに会えるのか、とっくにペットたちは人間として生きかえっていて、今度は飼い主たちがその子たちの守護霊になるのか解らないけど……まぁ、ペットと飼い主は仲良く最後までいられるのが一番の救いだと思う。
個人的心情
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